Project Xはあと1週間で終了。
外資プロフェッショナル達を率いてみて感じたこと。
今日はチームの「和」と分担について。
このチームは自分がリーダーではあるものの、多くのことをサブリーダーのベルギー人Jに任せている。
そして各人の分担は国単位と極めてはっきりしている。
上記2つの特徴からあることが起きた。
●タイ人Jの苛立ち
中国人Dの中国市場の作業がどうも芳しくない。
タイ、インド市場の作業は極めて順調。これは彼女達が前倒しで作業していたからなのだが。
その状況でベルギー人Jがタイ、インド市場の担当者に中国市場の作業を手伝うようにお願いしようとしていた。
同じ頃、タイ人Jに電話で呼ばれた。
タイ人J「××、話したいことがあるのだけどいいかしら?」
呼ばれた場所に行ってみると、タバコを燻らしながら海を見ている。
初めてタバコを吸う姿を見た。
タバコを吸う姿など似合わないチャーミングな女性なのだが、そのギャップのせいかなんだか雰囲気が怖い。
自分「タバコ吸うのは初めてみたよ」
タイ人「吸わないんだけどね。ストレスが溜まる時だけは例外」
ちょっと嫌な予感だ。
ベルギー人Jを飛びこして自分に相談が来ている点も気になる。
タイ人J「中国市場の作業が予定より遅れて、かつアウトプットがあまりよくないとベルギー人Jから聞いたわ。それで、自分とインド人Dに中国市場について手伝って欲しいとも。」
「私達は国単位でスコープをはっきりさせたでしょ。タイ市場の作業を早目にやっていたのは、テスト期間に影響を与えないため。それに、全く触れていない中国市場のことで役に立てるレベルになるのには相当なキャッチアップが必要でしょ。」
「中国市場の作業が遅れているなら、1:まずは本人が余裕がなくなるまで責任を持ってやる、2:それでもダメならベルギー人Jがテコ入れする、3:最後の手段として自分が手伝う、この順序が正しいと思うの。」
「タイの文化では一般的に、チームで作業している時に誰かをヘルプする必要があるならもちろん一緒に残業して終わらせる努力はするわ。でも、今回は個人のスコープを決めたプロフェッショナル同士の作業でしょう?××の考えが聞きたいわ」
この種のことはプロフェッショナルファームでもよく起きることだ。
ただ、学校の友人同士がチームメンバーということで、はっきりお互いに言いにくいという面がどうしてもある。
ベルギー人Jの考えも分かる。
彼の目的は全体のアウトプットのレベルを高めることだ。
そのため、各国だけを見ている担当者とは当然モチベーションが異なることになる。
モチベーションの対立がメンバー間で起きてしまっている場合、それより上位の人間が仲裁に入るほかない。
友人同士ということもあったのだが遠慮はかえって事態を悪くしそうだ。
とりあえず中国人Dの作業を徹底的にレビューして、今後ブレることがないように細かい作業指示を出しておくことに。この感じなら一人で終えることができそうと思ってもらえるところまで付き合った。そのうえで、ベルギー人Jに、タイ人J、インド人Dに追加作業を依頼する必要性は低いはずと伝え、事なきを得た。
●中国人Cの不安
中国市場はDさんとCさんの2名で担当。
二人は論点に応じて分担していたので、オーバーラップするところは少なかったようだ。
プロジェクトも終わりに差し掛かった頃、Cと食事をした。
その時のこと。
C「ちょっといいづらいんだけど、、、Dは深く考えずに作業しているところがあるから、よく気をつけてね。」
「中国人はいい加減なところがあるからね。特に数字のところ。Dの作業は私には関係ないからあまりこういう話はすべきじゃないかもしれない。でもそれだと××が後で面倒な目に遭うと思ったから忠告することにしたの。」
2つの話とも、これが会社内の話だったらきっと違う形になっていただろう。
プロとしての仕事でもありつつ、しかし友人もチーム内にいる、ということでコミュニケーションにはやりにくいところもあったようだ。グループの議論になると遠慮なくがんがんやるのだが、個別の話になると遠慮も入るようだ。
その人間臭さがこのチームにも垣間見えたことが一つの収穫のように感じたところがあった。
どこか安心するような、或は自分がこれまで思っていたことと同じであることを再確認したような、そのような不思議な連帯感を感じた。
外資プロフェッショナル達を率いてみて感じたこと。
今日はチームの「和」と分担について。
このチームは自分がリーダーではあるものの、多くのことをサブリーダーのベルギー人Jに任せている。
そして各人の分担は国単位と極めてはっきりしている。
上記2つの特徴からあることが起きた。
●タイ人Jの苛立ち
中国人Dの中国市場の作業がどうも芳しくない。
タイ、インド市場の作業は極めて順調。これは彼女達が前倒しで作業していたからなのだが。
その状況でベルギー人Jがタイ、インド市場の担当者に中国市場の作業を手伝うようにお願いしようとしていた。
同じ頃、タイ人Jに電話で呼ばれた。
タイ人J「××、話したいことがあるのだけどいいかしら?」
呼ばれた場所に行ってみると、タバコを燻らしながら海を見ている。
初めてタバコを吸う姿を見た。
タバコを吸う姿など似合わないチャーミングな女性なのだが、そのギャップのせいかなんだか雰囲気が怖い。
自分「タバコ吸うのは初めてみたよ」
タイ人「吸わないんだけどね。ストレスが溜まる時だけは例外」
ちょっと嫌な予感だ。
ベルギー人Jを飛びこして自分に相談が来ている点も気になる。
タイ人J「中国市場の作業が予定より遅れて、かつアウトプットがあまりよくないとベルギー人Jから聞いたわ。それで、自分とインド人Dに中国市場について手伝って欲しいとも。」
「私達は国単位でスコープをはっきりさせたでしょ。タイ市場の作業を早目にやっていたのは、テスト期間に影響を与えないため。それに、全く触れていない中国市場のことで役に立てるレベルになるのには相当なキャッチアップが必要でしょ。」
「中国市場の作業が遅れているなら、1:まずは本人が余裕がなくなるまで責任を持ってやる、2:それでもダメならベルギー人Jがテコ入れする、3:最後の手段として自分が手伝う、この順序が正しいと思うの。」
「タイの文化では一般的に、チームで作業している時に誰かをヘルプする必要があるならもちろん一緒に残業して終わらせる努力はするわ。でも、今回は個人のスコープを決めたプロフェッショナル同士の作業でしょう?××の考えが聞きたいわ」
この種のことはプロフェッショナルファームでもよく起きることだ。
ただ、学校の友人同士がチームメンバーということで、はっきりお互いに言いにくいという面がどうしてもある。
ベルギー人Jの考えも分かる。
彼の目的は全体のアウトプットのレベルを高めることだ。
そのため、各国だけを見ている担当者とは当然モチベーションが異なることになる。
モチベーションの対立がメンバー間で起きてしまっている場合、それより上位の人間が仲裁に入るほかない。
友人同士ということもあったのだが遠慮はかえって事態を悪くしそうだ。
とりあえず中国人Dの作業を徹底的にレビューして、今後ブレることがないように細かい作業指示を出しておくことに。この感じなら一人で終えることができそうと思ってもらえるところまで付き合った。そのうえで、ベルギー人Jに、タイ人J、インド人Dに追加作業を依頼する必要性は低いはずと伝え、事なきを得た。
●中国人Cの不安
中国市場はDさんとCさんの2名で担当。
二人は論点に応じて分担していたので、オーバーラップするところは少なかったようだ。
プロジェクトも終わりに差し掛かった頃、Cと食事をした。
その時のこと。
C「ちょっといいづらいんだけど、、、Dは深く考えずに作業しているところがあるから、よく気をつけてね。」
「中国人はいい加減なところがあるからね。特に数字のところ。Dの作業は私には関係ないからあまりこういう話はすべきじゃないかもしれない。でもそれだと××が後で面倒な目に遭うと思ったから忠告することにしたの。」
2つの話とも、これが会社内の話だったらきっと違う形になっていただろう。
プロとしての仕事でもありつつ、しかし友人もチーム内にいる、ということでコミュニケーションにはやりにくいところもあったようだ。グループの議論になると遠慮なくがんがんやるのだが、個別の話になると遠慮も入るようだ。
その人間臭さがこのチームにも垣間見えたことが一つの収穫のように感じたところがあった。
どこか安心するような、或は自分がこれまで思っていたことと同じであることを再確認したような、そのような不思議な連帯感を感じた。
来週のこの日、日産社長のカルロスゴーンがHKUSTのMBAにやってくる。
日産のPR戦略の一環とかで、ありがたいことにHKUSTのMBAを対象にお話をいただけるとのこと。
今日の「Applied M&A」の休憩直後のこと。
ドイツ人L「8割の生徒がカルロスゴーンのスモールセミナーに行くと言えば、教授は授業を振り替えてくれると言っている。あとでセミナーに行くかどうか出席を取りたい。カルロスゴーンの話なんて滅多に聞けないぞ。日本ですごい有名なんだ。」
実はカルロスゴーンのセミナーは、月曜儀午後のAppied M&Aの授業と重なってしまっている。
MBAオフィスに聞いたところ、8割の生徒がそちらに行きたいのであれば授業の曜日をずらしてくれるとのこと。
ドイツ人Lは日本でインターンシップもしていたことがあり、カルロスゴーンのことも知っている。
ところが、彼の知名度は国際的にはあまり高くないようだ。
ルノーと日産という決してトップとはいえないポジションの経営者は、あまり人々の話に上がらないようであり、アンテナが比較的高いはずのMBA学生の間でも「カルロスゴーンって誰?」という人はとても多かった。
自分は当然すぐにセミナーに登録した。
しかし、授業を振り替えるほどの票を集めるにはまだ足りない感じはあった。
苛立つドイツ人L。
そして彼が言葉を継ぎ足そうとした時、、、
スペイン人L「あんたが話すよりも、××に話してもらうのがいいよ」
スペイン人M「そうだ、××に話してもらおう!」
と、突然指名されてしまった。
このラティーノの二人がそんなことを皆の前で言うなんてちょっと珍しいなと一瞬思ったものの、
●彼らもこのセミナーを楽しみにしており、票を集めて授業を振り替えて欲しいと願っている
●ドイツ人Lと同じ外国人の自分達が言っても説得力がないので、日本人の自分にクラスを説得して欲しいと思っている
というニーズが読み取れた。
クラス生徒全員がこちらを見る。
ドイツ人L「××、カルロスゴーンが凄いってことを簡潔に伝えてくれ」
マッキンゼー出身のC教授は「生徒で決めてくれればいいよ」という感じで、教壇に片手をつきながらこちらを見ている。
さて、どう話そうか。
全員が自分を見ている中で立ち上がった。
自分「・・・カルロスゴーンは偉大な経営者だ。彼が日産に来る前、日産はPoor performanceに長年苦しんで来た。」
「しかし、彼が来てからだ。日産が復活したのは。彼が来てからの僅かな時間で日産は上向き始めた。同じく株価も半年後には復活を始めたんだ。」
「実は僕らは外国人経営者というのは、日本企業の経営という面においては役に立たないという評価をしていた。これは日本企業独特のシステムや文化が存在することによるものだ。しかし、それらを克服した。」
「外国人経営者に対する日本人の見方は変わったと言える。彼は日本という場所でも、great leader who can deliver(実行力のある偉大なリーダー)だったんだ。」
「だから言える。カルロスゴーンと会えるのは光栄なことだ。It's worthwhile!」
ドイツ人L「では投票を取ることにしょう。カルロスゴーンのセミナーに行く人は手を挙げてくれ」
今の即興スピーチは響いただろうか?
自分も手を挙げながら、周囲を見てみた。
9割の手が挙がっていた。
なんとか高揚させることに貢献はできていたようだ。
夜。
アメリカ人Dと彼の彼女と、約束のトンカツを食べに行った。
過去ブログ→「寿司をつまみ日本を語る」
ちょうど彼がNYでのインターンが決まったのでお祝いも兼ねて。
D「Sara、カルロスゴーンって知っている?日産のCEOのブラジル人なんだ。××は今日、皆にカルロスゴーンについて話をしてくれたんだ。」
Sara「カルロスゴーン?日産は知っているけど、その人のことは知らないわね」
D「日本の経営が特殊だってのは有名な話だよね。で、そのカルロスゴーンは長年業績低迷に苦しんでいた日産の経営に関与して、そして立て直したというんだ。外国人経営者に対する見方が大きく変わった一件だっていうのが面白かったね。××、彼は日本のやり方に従ったのか?それとも従わずに改革したのか?」
自分「一見すると従わなかったように見える。日本では一般的ではなかったサプライヤー網の解体や社内英語化などを押し進めていたしね。だけど、従わなかったと言っても、それは改革に必要な領域だけだったんじゃないかな。何もかもを否定した訳ではないと自分は考えているよ。」
その後はトンカツを食べながら、日本の経営の特殊性の話題になった。
彼らの友人が日本で働いていたり、働いた事があったりということで、いろいろな噂を聞いたらしい。
その噂の真相を日本人に聞いてみたいとのことで、いろんな質問をもらった。
いやはや、あまりいいイメージは持たれていないようである。
カルロスゴーンのセミナーの話は後日アップする予定。
どんな話をしてくれるのだろうか。
日産のPR戦略の一環とかで、ありがたいことにHKUSTのMBAを対象にお話をいただけるとのこと。
今日の「Applied M&A」の休憩直後のこと。
ドイツ人L「8割の生徒がカルロスゴーンのスモールセミナーに行くと言えば、教授は授業を振り替えてくれると言っている。あとでセミナーに行くかどうか出席を取りたい。カルロスゴーンの話なんて滅多に聞けないぞ。日本ですごい有名なんだ。」
実はカルロスゴーンのセミナーは、月曜儀午後のAppied M&Aの授業と重なってしまっている。
MBAオフィスに聞いたところ、8割の生徒がそちらに行きたいのであれば授業の曜日をずらしてくれるとのこと。
ドイツ人Lは日本でインターンシップもしていたことがあり、カルロスゴーンのことも知っている。
ところが、彼の知名度は国際的にはあまり高くないようだ。
ルノーと日産という決してトップとはいえないポジションの経営者は、あまり人々の話に上がらないようであり、アンテナが比較的高いはずのMBA学生の間でも「カルロスゴーンって誰?」という人はとても多かった。
自分は当然すぐにセミナーに登録した。
しかし、授業を振り替えるほどの票を集めるにはまだ足りない感じはあった。
苛立つドイツ人L。
そして彼が言葉を継ぎ足そうとした時、、、
スペイン人L「あんたが話すよりも、××に話してもらうのがいいよ」
スペイン人M「そうだ、××に話してもらおう!」
と、突然指名されてしまった。
このラティーノの二人がそんなことを皆の前で言うなんてちょっと珍しいなと一瞬思ったものの、
●彼らもこのセミナーを楽しみにしており、票を集めて授業を振り替えて欲しいと願っている
●ドイツ人Lと同じ外国人の自分達が言っても説得力がないので、日本人の自分にクラスを説得して欲しいと思っている
というニーズが読み取れた。
クラス生徒全員がこちらを見る。
ドイツ人L「××、カルロスゴーンが凄いってことを簡潔に伝えてくれ」
マッキンゼー出身のC教授は「生徒で決めてくれればいいよ」という感じで、教壇に片手をつきながらこちらを見ている。
さて、どう話そうか。
全員が自分を見ている中で立ち上がった。
自分「・・・カルロスゴーンは偉大な経営者だ。彼が日産に来る前、日産はPoor performanceに長年苦しんで来た。」
「しかし、彼が来てからだ。日産が復活したのは。彼が来てからの僅かな時間で日産は上向き始めた。同じく株価も半年後には復活を始めたんだ。」
「実は僕らは外国人経営者というのは、日本企業の経営という面においては役に立たないという評価をしていた。これは日本企業独特のシステムや文化が存在することによるものだ。しかし、それらを克服した。」
「外国人経営者に対する日本人の見方は変わったと言える。彼は日本という場所でも、great leader who can deliver(実行力のある偉大なリーダー)だったんだ。」
「だから言える。カルロスゴーンと会えるのは光栄なことだ。It's worthwhile!」
ドイツ人L「では投票を取ることにしょう。カルロスゴーンのセミナーに行く人は手を挙げてくれ」
今の即興スピーチは響いただろうか?
自分も手を挙げながら、周囲を見てみた。
9割の手が挙がっていた。
なんとか高揚させることに貢献はできていたようだ。
夜。
アメリカ人Dと彼の彼女と、約束のトンカツを食べに行った。
過去ブログ→「寿司をつまみ日本を語る」
ちょうど彼がNYでのインターンが決まったのでお祝いも兼ねて。
D「Sara、カルロスゴーンって知っている?日産のCEOのブラジル人なんだ。××は今日、皆にカルロスゴーンについて話をしてくれたんだ。」
Sara「カルロスゴーン?日産は知っているけど、その人のことは知らないわね」
D「日本の経営が特殊だってのは有名な話だよね。で、そのカルロスゴーンは長年業績低迷に苦しんでいた日産の経営に関与して、そして立て直したというんだ。外国人経営者に対する見方が大きく変わった一件だっていうのが面白かったね。××、彼は日本のやり方に従ったのか?それとも従わずに改革したのか?」
自分「一見すると従わなかったように見える。日本では一般的ではなかったサプライヤー網の解体や社内英語化などを押し進めていたしね。だけど、従わなかったと言っても、それは改革に必要な領域だけだったんじゃないかな。何もかもを否定した訳ではないと自分は考えているよ。」
その後はトンカツを食べながら、日本の経営の特殊性の話題になった。
彼らの友人が日本で働いていたり、働いた事があったりということで、いろいろな噂を聞いたらしい。
その噂の真相を日本人に聞いてみたいとのことで、いろんな質問をもらった。
いやはや、あまりいいイメージは持たれていないようである。
カルロスゴーンのセミナーの話は後日アップする予定。
どんな話をしてくれるのだろうか。
HKUSTには学部生、MBA合わせて10名近くの日本人がいる(正式な数は不明)
昨日は同級生のMさんの企画により、珍しく一同が会することとなった。
HKUSTの日本人グループ。
留学先で起きると言われている「日本人でかたまってしまう」現象はない。
各自の自立性が高いこともあると思うし、クラスが一緒になる確率が低く物理的に会うことがないからそうなのかもしれない。
入学当初は「なるべく固まらないようにしよう」と意識していた部分もあった。
しかし、最近はそれを意識することはほぼなくなり、だからこそたくさん接していても「Comfort zoneを抜けていないんじゃないか」とか感じることはなくなった。
例えば、前学期はパートタイムMBAのH先輩、今学期は同級生のMさんとある授業でチームを組んでいる。
不思議なくらい、彼らが日本人だからどうこうとか考えたことはない。
でもそれは、お互いに自立していて、日本出身ということだけで相互に依存しようとする人がいなかったからだと思う。
ようやく自分は日本人であることをいい意味で消化できるようになったと思う。
少し話を脱線する。
中国に単身向かった5年前、日本のネガティブな印象だけが目についていた。
日本独特の考え方、経営のあり方、文化や食べ物まで、あらゆるものが古く見えた。
現状の全てを否定しないと、新しい自分に脱皮できない気がしていた。
父親が「日本にもいいものはたくさんあるんだ」と言っていたが、聞く耳をあまり持っていなかった。
しかし、自分は間違っていた。
外から見た日本は、内から見た日本とは違っていた。
父親の言う通り、いいものは日本にたくさんあった。
中国に渡ったことで視点が増え、日本のあらゆるものを相対視するようになった。
自分の認識がどんどん変わっていった。
変わったのは日本ではなく、自分。
自分は誇りを持って「日本人だ」と今は言える。
何のアイデンティティもないグローバル人などいるはずがない。
自分は、グローバルな環境に身を置いている日本人である。
以前よりも、日本のことを調べるようになった。
以前よりも、日本のことを話すようになった。
自分は日本を代表しているという気概を持って、この多国籍な場にいる。
そういう日本代表の仲間としての、香港で出会った日本人達。
香港で自立していて、それでいてきちんと日本人である人達。
人には恵まれた。
変に気取る人もいないし、優秀な人が多かった。
何時間話していても飽きない人ばかりだった。
自分の恥部を曝してもいいと思える関係だったし、実際に恥ずかしい失敗も共有したことも何度もあった。
あと1ヶ月で、同じ線上を歩いてきた皆と違う線を選んで行くことに少し寂しさを覚える。
これが正直な気持ちだ。
さて昨晩、そんな日本人メンバーの一人であるPart-time MBAのH先輩のブログが話題になっていた。
最近接している日本人メンバーの評価をブログに記載しているとのこと。
具体的には、日本人としてHKUSTに貢献しているかどうか?という視点で書いているらしい。
早速覗いてみた。
・・・H先輩はだいぶ自分を買いかぶっているようである(汗)
(以下、H先輩のブログから抜粋)
■Full-timeの1年生B(http://takkaw.blog.fc2.com/)
いわゆるエリート。非常に頭が良い。
いま同じ授業を取っているんだけど発言や質問の質が非常に高く、うーんと唸らせられる。
教授が聞き取れないような自分の質問とは大違い(発音が悪いのか内容が悪いのか・・・)
しかも見た目もスマートでAmbassadorをやったりパンフレットに写真が載ったりと、自分のような凡人からみるとなんだかなぁ・・・という感じ(笑)
ブログにあるように授業以外でも色々な方面で活躍しているようだ。
日本人で現地の会社でインターンシップをやっている人は少ないので後輩のためにも道を拓いていただきたい。
かくいうH先輩は、中国東莞でサバイバルな日々を送り、現在は香港の日系メーカーにてMDを務めている。
知的好奇心のレベルが高く、成長スピードが早い方なのだと思われる。
英語、中国語を使いながら、サバイバルな場所でもやっていける日本人は極めて少ない(しかもMBA)
ご自身を過小評価する傾向があるようだが、そんなことをせずにアピールをして、日本代表選手の10番を目指してほしいと思う。
昨日は同級生のMさんの企画により、珍しく一同が会することとなった。
HKUSTの日本人グループ。
留学先で起きると言われている「日本人でかたまってしまう」現象はない。
各自の自立性が高いこともあると思うし、クラスが一緒になる確率が低く物理的に会うことがないからそうなのかもしれない。
入学当初は「なるべく固まらないようにしよう」と意識していた部分もあった。
しかし、最近はそれを意識することはほぼなくなり、だからこそたくさん接していても「Comfort zoneを抜けていないんじゃないか」とか感じることはなくなった。
例えば、前学期はパートタイムMBAのH先輩、今学期は同級生のMさんとある授業でチームを組んでいる。
不思議なくらい、彼らが日本人だからどうこうとか考えたことはない。
でもそれは、お互いに自立していて、日本出身ということだけで相互に依存しようとする人がいなかったからだと思う。
ようやく自分は日本人であることをいい意味で消化できるようになったと思う。
少し話を脱線する。
中国に単身向かった5年前、日本のネガティブな印象だけが目についていた。
日本独特の考え方、経営のあり方、文化や食べ物まで、あらゆるものが古く見えた。
現状の全てを否定しないと、新しい自分に脱皮できない気がしていた。
父親が「日本にもいいものはたくさんあるんだ」と言っていたが、聞く耳をあまり持っていなかった。
しかし、自分は間違っていた。
外から見た日本は、内から見た日本とは違っていた。
父親の言う通り、いいものは日本にたくさんあった。
中国に渡ったことで視点が増え、日本のあらゆるものを相対視するようになった。
自分の認識がどんどん変わっていった。
変わったのは日本ではなく、自分。
自分は誇りを持って「日本人だ」と今は言える。
何のアイデンティティもないグローバル人などいるはずがない。
自分は、グローバルな環境に身を置いている日本人である。
以前よりも、日本のことを調べるようになった。
以前よりも、日本のことを話すようになった。
自分は日本を代表しているという気概を持って、この多国籍な場にいる。
そういう日本代表の仲間としての、香港で出会った日本人達。
香港で自立していて、それでいてきちんと日本人である人達。
人には恵まれた。
変に気取る人もいないし、優秀な人が多かった。
何時間話していても飽きない人ばかりだった。
自分の恥部を曝してもいいと思える関係だったし、実際に恥ずかしい失敗も共有したことも何度もあった。
あと1ヶ月で、同じ線上を歩いてきた皆と違う線を選んで行くことに少し寂しさを覚える。
これが正直な気持ちだ。
さて昨晩、そんな日本人メンバーの一人であるPart-time MBAのH先輩のブログが話題になっていた。
最近接している日本人メンバーの評価をブログに記載しているとのこと。
具体的には、日本人としてHKUSTに貢献しているかどうか?という視点で書いているらしい。
早速覗いてみた。
・・・H先輩はだいぶ自分を買いかぶっているようである(汗)
(以下、H先輩のブログから抜粋)
■Full-timeの1年生B(http://takkaw.blog.fc2.com/)
いわゆるエリート。非常に頭が良い。
いま同じ授業を取っているんだけど発言や質問の質が非常に高く、うーんと唸らせられる。
教授が聞き取れないような自分の質問とは大違い(発音が悪いのか内容が悪いのか・・・)
しかも見た目もスマートでAmbassadorをやったりパンフレットに写真が載ったりと、自分のような凡人からみるとなんだかなぁ・・・という感じ(笑)
ブログにあるように授業以外でも色々な方面で活躍しているようだ。
日本人で現地の会社でインターンシップをやっている人は少ないので後輩のためにも道を拓いていただきたい。
かくいうH先輩は、中国東莞でサバイバルな日々を送り、現在は香港の日系メーカーにてMDを務めている。
知的好奇心のレベルが高く、成長スピードが早い方なのだと思われる。
英語、中国語を使いながら、サバイバルな場所でもやっていける日本人は極めて少ない(しかもMBA)
ご自身を過小評価する傾向があるようだが、そんなことをせずにアピールをして、日本代表選手の10番を目指してほしいと思う。
香港は自然が多い。
香港のイメージは大都会という人が多いのではないか。
これは観光地である香港島の中環・上環付近や九龍島のTST、ネイザンロードがガイドブック等でフォーカスされていることで、都会のイメージが形成されているからだと思う。
地図で見ても、山と海に囲まれた島であることがわかる。

今日は天気も良かったので、Trekkingに出掛けてきた。
自宅からすぐの山道入り口から九龍島の東南の端までを、3時間かけて攻略。
<Trekking course>
山道の入り口にて。ここから3時間コース。

歩き始めて30分。新界のマンション群が見える。

歩き始めて1時間。遠くにHKUSTの校舎の端っこが見える。

まだまだ目的地からは遠い。

柄にもなく花を撮影。

島の反対側にようやく抜けたところ。ゴールは近い。あの海の向こうは台湾とフィリピンの中間地点。

歩いた道のりを記録。

スポーツやTrekkingは、その最中に頭を空っぽにできるのがいいところ。
北京、スペインに行く前にあと数カ所は攻略しておきたい。
香港のイメージは大都会という人が多いのではないか。
これは観光地である香港島の中環・上環付近や九龍島のTST、ネイザンロードがガイドブック等でフォーカスされていることで、都会のイメージが形成されているからだと思う。
地図で見ても、山と海に囲まれた島であることがわかる。

今日は天気も良かったので、Trekkingに出掛けてきた。
自宅からすぐの山道入り口から九龍島の東南の端までを、3時間かけて攻略。
<Trekking course>
山道の入り口にて。ここから3時間コース。

歩き始めて30分。新界のマンション群が見える。

歩き始めて1時間。遠くにHKUSTの校舎の端っこが見える。

まだまだ目的地からは遠い。

柄にもなく花を撮影。

島の反対側にようやく抜けたところ。ゴールは近い。あの海の向こうは台湾とフィリピンの中間地点。

歩いた道のりを記録。

スポーツやTrekkingは、その最中に頭を空っぽにできるのがいいところ。
北京、スペインに行く前にあと数カ所は攻略しておきたい。
Project Xは折り返し地点に到達した。(過去ブログ→「多国籍チームによるProject X」)
新たに感じた事を忘れないうちに記録しておこうと思う。
●具体論に入った瞬間に、力の差が如実に現れる
大なり小なりPEやコンサルティングの経験を持っているメンバー。
総論を語るのは誰もが得意だ。
しかし、具体的な話に移ると少し話が変わってくる。
どれだけクライアントのビジネスをイメージできているかどうかで、議論のレベルに差が出てくる。
事象だけを見て議論してしまう場合に陥りがちな罠。
ここのバランスにはずいぶん差があるように見える。
ユニリーバのマーケター出身のタイ人Jはこのあたりの感覚が優れていると感じる。
●誰もが悩む
Mtgは効率的に進む傾向はあるが、やはりスタックするときはスタックする。
そして皆で頭を抱えて悩む。
「そもそもこの2軸で捉えていいのかな?」
「そのサイズの事業を魅力的と言ってしまっていいのか?」
コンサルティング会社で飛び交いそうな議論。
ここでも当たり前に飛び交い、その度に熟考しなくてはならない。
日本的な言い方をすれば、外資系のトップ企業出身者で構成されているチーム。
しかし、内情は同じ等身大の人間であり、同じように躓き、同じように悩む。
●ローカル言語のニュアンスは重要
議論もレポートも当然英語で統一して進めている。
しかし、その弊害も少し垣間見えた。
それは
・ローカル言語のニュアンス
・ローカル言語を英語に直す翻訳能力
だ。
自分はタイ語もヒンドゥー語も分からないため、タイ市場とインド市場のRaw dataには触れていないし、触れようともしていない。
しかし中国語は使えるため、中国語のRaw dataに触れることは多い。
その際に気付くのが、英語に直した瞬間に失われているニュアンスが少なくないこと。
数字やデータに関連する表現はニュアンスを損ねる危険は少ない。
しかし、消費者のインタビューや専門家の予測などが混じってくると、ニュアンスが命だったりする。
そして後者の方の英語訳を見ると、ニュアンスが消えたり、変わってしまったりしているのだ。
これは翻訳の宿命でもある気がするし、加えて翻訳者の言語能力にも大きく依っている。
(注:全員英語のレベルはネイティブレベルと言っても差し支えないです)
自分が中国オフィスで仕事をしていた時も似たようなことはあった。
しかし、日本文化を理解したスタッフが日本企業向けに作業していること、自分もインタビュー等に同行してニュアンスを理解していること、などからこのリスクは低く抑えることができていた。
今回のPJは、アジアの複数の国を対象に、ローカル言語で生の情報を吸い上げ、それを自分とベルギー人Jが管理しようとしている。このPJの特性を考えると、ニュアンスが変わってしまうリスクは高いと気付いた。
ニュアンスを大切にしたいこと、形容詞には特に気をつけること、で少しでもリスクを減らそうかとは考えている。
●スライドの美しさにはいろいろな示唆が含まれている
ベイン出身のJがテンプレートを完全にコントロールをしている。
調査対象が複数の国に跨がっているものの、比較しやすいようにテンプレート、フレームワークを統一してる。
大枠を決め、後は全て各人に任せるというやり方ではある。
しかし、皆意を汲んだかのように、その枠内でも相互に同じようなグラフや構造を用いている。
MBAに来ていろいろ観察して思うのは、この美的感覚は日本のプロフェッショナルより遥かに外資系プロフェッショナルの方が高い(サンプルが偏っている可能性は否定しませんが)
この差が生まれる原因はいくつかある。
1:彼らはスコープに拘る。
最初にスコープをきっちり定義する。
その作業に時間を使うことで、その後のアウトプットイメージがぶれず、よってテンプレートやフレームワークが決めやすくなる。
一度「これも気になるなあ」とある小さな論点に触れてみたことがあるが、Jから「それはスコープ外のはずだ」と即座に反応が帰って来た。
2:細かいニュアンスを拾い上げて記載して見栄えが悪くなるくらいなら、彼らはプレゼンテーションで話せばいいと割り切っている。
3:「四捨五入」の程度がもっと大胆。
枝葉だと思ったら容赦なく切り捨てる。
(いいかどうかは議論の余地のあるところ)
実はこれらの要素は、スライドの美しさだけでなく、プロジェクトの効率性も高める。
作業の出戻りが少なく、リソースを無駄にしなくて済む。
もちろんRecommendationの部分に関しては、「遊び」の余地は残してある。
この部分はPJの質を担保する部分なので、事前に決めたルールを必要に応じて容赦なく壊す。
そのあたりは柔軟だ。
そしてもう一つ重要なこと。
それはこのようなPJの進め方をする前提として、
ークライアントの期待値コントロール
ー仮説思考力
が相当に求められるということ。
事前にスコープをクライアントとしっかり握っているか、この後スコープが崩れないと自信を持てるくらい最初に頭を使っているか。
そうでない限り、出戻りが発生するどころか、プロジェクトが泥沼に入る可能性がある。
僕とベルギー人Jは二人で協力しながら、この2点に力を使っている。
特に自分にとっては、この「最初が全て」という感覚は、以前よりも増して強くなっている。
なかなか大変であると同時に、勉強になる部分でもある。
あと3週間でPJは終了。
最終報告が楽しみである。
新たに感じた事を忘れないうちに記録しておこうと思う。
●具体論に入った瞬間に、力の差が如実に現れる
大なり小なりPEやコンサルティングの経験を持っているメンバー。
総論を語るのは誰もが得意だ。
しかし、具体的な話に移ると少し話が変わってくる。
どれだけクライアントのビジネスをイメージできているかどうかで、議論のレベルに差が出てくる。
事象だけを見て議論してしまう場合に陥りがちな罠。
ここのバランスにはずいぶん差があるように見える。
ユニリーバのマーケター出身のタイ人Jはこのあたりの感覚が優れていると感じる。
●誰もが悩む
Mtgは効率的に進む傾向はあるが、やはりスタックするときはスタックする。
そして皆で頭を抱えて悩む。
「そもそもこの2軸で捉えていいのかな?」
「そのサイズの事業を魅力的と言ってしまっていいのか?」
コンサルティング会社で飛び交いそうな議論。
ここでも当たり前に飛び交い、その度に熟考しなくてはならない。
日本的な言い方をすれば、外資系のトップ企業出身者で構成されているチーム。
しかし、内情は同じ等身大の人間であり、同じように躓き、同じように悩む。
●ローカル言語のニュアンスは重要
議論もレポートも当然英語で統一して進めている。
しかし、その弊害も少し垣間見えた。
それは
・ローカル言語のニュアンス
・ローカル言語を英語に直す翻訳能力
だ。
自分はタイ語もヒンドゥー語も分からないため、タイ市場とインド市場のRaw dataには触れていないし、触れようともしていない。
しかし中国語は使えるため、中国語のRaw dataに触れることは多い。
その際に気付くのが、英語に直した瞬間に失われているニュアンスが少なくないこと。
数字やデータに関連する表現はニュアンスを損ねる危険は少ない。
しかし、消費者のインタビューや専門家の予測などが混じってくると、ニュアンスが命だったりする。
そして後者の方の英語訳を見ると、ニュアンスが消えたり、変わってしまったりしているのだ。
これは翻訳の宿命でもある気がするし、加えて翻訳者の言語能力にも大きく依っている。
(注:全員英語のレベルはネイティブレベルと言っても差し支えないです)
自分が中国オフィスで仕事をしていた時も似たようなことはあった。
しかし、日本文化を理解したスタッフが日本企業向けに作業していること、自分もインタビュー等に同行してニュアンスを理解していること、などからこのリスクは低く抑えることができていた。
今回のPJは、アジアの複数の国を対象に、ローカル言語で生の情報を吸い上げ、それを自分とベルギー人Jが管理しようとしている。このPJの特性を考えると、ニュアンスが変わってしまうリスクは高いと気付いた。
ニュアンスを大切にしたいこと、形容詞には特に気をつけること、で少しでもリスクを減らそうかとは考えている。
●スライドの美しさにはいろいろな示唆が含まれている
ベイン出身のJがテンプレートを完全にコントロールをしている。
調査対象が複数の国に跨がっているものの、比較しやすいようにテンプレート、フレームワークを統一してる。
大枠を決め、後は全て各人に任せるというやり方ではある。
しかし、皆意を汲んだかのように、その枠内でも相互に同じようなグラフや構造を用いている。
MBAに来ていろいろ観察して思うのは、この美的感覚は日本のプロフェッショナルより遥かに外資系プロフェッショナルの方が高い(サンプルが偏っている可能性は否定しませんが)
この差が生まれる原因はいくつかある。
1:彼らはスコープに拘る。
最初にスコープをきっちり定義する。
その作業に時間を使うことで、その後のアウトプットイメージがぶれず、よってテンプレートやフレームワークが決めやすくなる。
一度「これも気になるなあ」とある小さな論点に触れてみたことがあるが、Jから「それはスコープ外のはずだ」と即座に反応が帰って来た。
2:細かいニュアンスを拾い上げて記載して見栄えが悪くなるくらいなら、彼らはプレゼンテーションで話せばいいと割り切っている。
3:「四捨五入」の程度がもっと大胆。
枝葉だと思ったら容赦なく切り捨てる。
(いいかどうかは議論の余地のあるところ)
実はこれらの要素は、スライドの美しさだけでなく、プロジェクトの効率性も高める。
作業の出戻りが少なく、リソースを無駄にしなくて済む。
もちろんRecommendationの部分に関しては、「遊び」の余地は残してある。
この部分はPJの質を担保する部分なので、事前に決めたルールを必要に応じて容赦なく壊す。
そのあたりは柔軟だ。
そしてもう一つ重要なこと。
それはこのようなPJの進め方をする前提として、
ークライアントの期待値コントロール
ー仮説思考力
が相当に求められるということ。
事前にスコープをクライアントとしっかり握っているか、この後スコープが崩れないと自信を持てるくらい最初に頭を使っているか。
そうでない限り、出戻りが発生するどころか、プロジェクトが泥沼に入る可能性がある。
僕とベルギー人Jは二人で協力しながら、この2点に力を使っている。
特に自分にとっては、この「最初が全て」という感覚は、以前よりも増して強くなっている。
なかなか大変であると同時に、勉強になる部分でもある。
あと3週間でPJは終了。
最終報告が楽しみである。
